日本語

① この抜け道からも行けるよ。
② 腐れ芋でも、食べられるかい。
③ 癌は、今はだいたいは治せる病気である。
④ 昔物は売れるが、現代物は売れない。
⑤ 兄弟喧嘩すると、親父に叱られます。

うちなあぐち

① くぬくんちり道(みち)からん、行(い)かりいんどお。
② しい芋(んむ)やてぃん、食(か)まりいんなあ。
③ かくお、今(なま)あ、いいくる治(のお)さりいる病(やんめえ)なとおん。
④ 昔物(んかしむぬ)お、売(う)らりいしが、今前(いまめえ)ぬ物(むぬ)お、売(う)ららん。
⑤ 兄弟煽合(ちょうでえおおええ)しいねえ、父(すう)なかい、しちきらやびいん。

【解説】
 受動を表わす「―りいん」を用いる文は、意味的には可能文の一種です。
 第74講の可能文は、働きかける主体(能動主体)の能力を指すのに対し、受動的可能文におけるそれは、どちらかといえば、受ける側の能力を指します。例えば、例文②の場合、食べる人の能力より、食べられる芋の可能性について言っています。
 なお、受動を表わす動詞がすべてラ行ユン・ティ動詞(第29講)である事は、前講で紹介した通りですが、終止形については「ユン」ではなく「イン」となりますので、例文はすべて、「イン」にしてあります。
 また、次例のスン・シ動詞の受動的文の殆どは「-さりいん」を付けても、可能文とはなりえません。
 可能文にするには「スン・シ動詞基本形+なゆん(ないん)」の形にしなければなりません。
 例:「ほうちかちすん(掃除する)」→「ほうちかちなゆん(掃除できる)」、「運転すん(運転する)」→「運転なゆん(運転できる)」等。それぞれについて、「掃除さりいん」、「運転さりいん」と受動文を作っても、受動的可能文にはならないのです。

例文① 「くんちり道」は「ちゃんとした道」ではなく、「通ろうと思えば物理的に通れる所」に過ぎません。
例文③ 「かく」は「癌」。「治さりいる」は「治さりいん」の連体形。「なとおん」は「やん」に置きかえても同じ意味です。沖縄語は慣用的に「である」を「やん」に替えて「なとおん」を使う事が多いです。例:「我ねえ、うぬ子ぬ親やいびいん」を「我ねえ、うぬ子ぬ親なとおいびいん」等。また、自己紹介する場合でも、「我ねえ、比嘉やいびいん」にかえて、「我ねえ、比嘉なとおいびいん」とする人もいます。「かえて」と述べましたが、「やいびいん」が「なとおいびいん」を逆転しているというのが実のところです。日本語との対比が頭に浮かんでしまうのかも知れません。
例文⑤ 「しちきゆん(しつける)」は首里語と言われていますが、地方でも使われています。「ぬらゆん」が単に「叱る」の意味であるのに対し、「躾ける」の意味合いが濃くなります。

【応用問題】
 次の文の太字部分を受動的可能または「なゆん(ないん)」を使う沖縄語に直しなさい。
① この字は小さくても、読める。
② 歌なら、遠くからでも聞こえます。
③ 悪い道では、かけっこできません。
④ この荷物はどこまで運べるか。
⑤ この着物は狭くて、もう着けられません。
答え:
① くぬ字(じい)や、ぐまさてぃん、読(ゆ)まりいん
② 歌(うた)やれえ、遠(とぅう)さからやてぃん、聞(ち)かりやびいん
③ 悪(や)な道(みち)んじえ、走合(はあええ)ないびらん
④ くぬ荷(にい)や、まあまでぃ、かやあさりいが
⑤ くぬ着物(ちん)のお、狭(い)ばさぬ、なあ着(ち)らりやびらん